僕の中での革命的イベントを終えて。<振り返りと学び>

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ネットでイベント名を調べた時に出てきてほしくないので、イベント名は載せないことにします。あくまでも一個人の呟きであり、この後に続く頼もしい後輩たちに迷惑をかけたくないから。

ただ、このイベントを通じて多くの人を巻き込み、一緒に別事業をする仲間たちにも多くの迷惑や負担をかけてしまっています。
だから、関心のある人にはしっかり僕の考えや想いを見えるようにはしておきたい。というワガママで文書はネット上に書き記します。あとは、普通にFBは見にくいし、やっていない人もいるので、大切な長文は自分のブログに記すのが良いなと思っているのでここに書く次第です。

では。本題へ。

たかがイベント。されどイベント。

ここまで時間をかけ、労力を割いたイベントは人生で初めてだったなぁ。

H氏の「ここにいる人間は約160名いて、その2日間と考えて、その時間を足せば、約1年分の時間になりますね」の言葉が重い。僕はあの2日間で、みんなから集めた1年分の時間を消費した(もしくは…投資か浪費か)と言えるわけで。

「開催は余裕だった!」などとカッコよく語れたら良いのだけど、このイベントを終えての1週間はかなり無気力で、かなり疲れが溜まってた。予想以上に神経も体力も使ったんだなぁと我ながら思う。

革命などという言葉をよく使う割には、しょぼしょぼだなぁ。
オリンピックとか万博とかを誘致し、創り上げてる人たちはマジすごい!と心から尊敬できる。

終了後のFB投稿やメッセージでは嬉しい言葉の数々で、本当にやってよかったと思ってる。でも前日や当日の朝まで「絶対成功する」と言い聞かせていたものの成功するか怖かった。もし「やっぱ、学生がやるイベントだからなぁ〜」なんて言われまくって、今までの努力が一蹴されたらたまったもんじゃなかった。

ちょっとだけ振り返る。

コンセプトを決めるまで

2019年2月に某イベントの一時休止が決まり、僕たちは1から学生主体で何かを生み出すことを決めた。

「様々な領域で活躍する同世代が集い、語り合い、切磋琢磨できる場を作りたい」
その想いは本物だったけど、その時は会場や必要予算どころか、イベント名すらなくて、何を成すために何をするのかが全然、不透明だった

2月3月は旅革命に明け暮れ、4月に多くの人と議論を交わし、5月には指針やイベントの大枠が見えてきた。

「目の前の利益に左右されるのではなく、10年後に意味をもたらす出会いを作る」
「僕たちの世代が社会を担う時、山積する社会課題にしっかり向き合う世代でありたい。そのために、今からその機運を醸成したい」そんなことを僕は未知のイベントで作りたいんだなと分かってきた。

だから「10年後に花開く出会い」「社会課題解決の機運の醸成」
この2つを軸とした空間・場を作ることを決めた。

仲間ができる。

そして、6月に実行委員会が発足して、メンバーのオフィスをミーティング会場に議論を進めた。
(3箇所で開催したけど、3つとも今は無きor移転してるわ…みんなスピード早い!笑)

イベント名が決まり、会場が決まり、募集要項が決まり、キックオフイベントを開催し…と土台が固まっていった。
某イベントと比較される一面があったのはキツかった一方で、逆に何がよくて何がアップデートできる部分かの基準となった面もあり、そういう意味では良かったかもしれない。

8月9月の大半は僕はまた旅革命で海外へ行き、一時帰国中はMyAOの指導もあったので、この時期は個人的に大変だったなぁ。

10月は選考基準や方法を練りこみ、合宿で夜まで厳正なる選考をし、11月は入金受付をはじめとする参加者対応。コンテンツも本格準備をし始め、ゲストの方々やパートナー企業さんへのお願いなどなどを進めるうちに、気づけば本番1週間前で…

細かく振り返ると大変だけど、イメージとしてはこんな流れでした。
とにかく、実行委員会の仲間の力は大きすぎた。
みんなも学業&本業がある中で、本当にありがとうございました。

そして、開催直前は本業に手が回らず、旅革命やMyAOの大切にしなきゃいけないメンバーに迷惑をかけることも。それでも僕を理解してくれて、穴を埋めてくれたみんなには大感謝です。

イベントを終えて

僕の成長

やってよかった。本当に。

誰かのためとか社会のためとかいってたけど、一番の幸せを感じ、成長の機会をいただいたのは紛れもなく僕だったと思う。

僕よりも圧倒的にスキルがあり、お忙しい方々と活動を共にし、未熟さを痛感して心が苦しくなる場面もたくさんあった。でも、そんなメンバーたちと一丸となって作ってきた日々は楽しくて、当日も楽しくて、幸せだった。

そして改めて思ったこと…僕はもっともっと大きな絵を描いて、みんなに育てていただいた吉野裕斗の命をしっかり燃やし尽くしたい。本当に幸せだから、しっかり社会に貢献したい。

白木さんの言葉で、「社会を考えるだけではなく自分の幸せも大切にしてね」というものがあった。でも今の僕は、自分が溶けて無くなっても良いなとすら思える。

溶けて無くなる

でも、溶けて無くなるほどエネルギーを割く対象がなんなのかわからなくて、「社会」「世界」「途上国」だとか抽象度の高い便利な言葉を使ったり、説明のために「生まれの機会平等が担保された上での多様な価値による競争・共創社会」だと語ったりしている。

それは嘘じゃないし今の中では暫定的な答えなのだけど、鮮明に描けていないし、そのために何をすべきなのか明確なわけでもない
輪郭線の一部を描いただけで、満足して誇らしく語ることもできる。
それにすがりつきたくなる時もある。

このエネルギーを割く場所を早く見つけて、全力投球したい。
つまり、輪郭線を早く描ききり、解像度を高めてそこにのめり込みたい。
でもその場所がそもそもあるかも分からないし、いつ描き切れるかも分からない。

だから、今の段階でそれに最も近く、自分にできることに力を割きつつ、きっと次のステージを探してる。
そしてそれは間違っていなくて、次のステージを見つける時の鍵の1つだと思う。

再度、決意。

このサミットで僕は気づき、改めて決めた。

言語化・解像度を上げることに真摯に向き合う。
そして目の前のできることへの取り組みをもっと加速しよう。と

いつかの昔にも似たような結論を出したような気もするけど、ここにたどり着く過程はちょっと成長していると思う。
全力投球し続けて本当に自分が溶けてなくなるよりも先に、寿命を全うしてしまうかもしれない。
だから僕は急がなきゃいけないと思う。

そして、このイベントで自分だけでは実現できないことをひしひしと感じ、仲間と取り組むことでの力の大きさを思い知った。
だから僕は、この世代がみんな仲間として手を取り合える社会を創ることを目標に、僕たちが社会を大きく担う時に向けて本当に機運作りもしていきたい。

坂本龍馬が勝海舟に出会ったように、チェゲバラがカストロに出会ったように、そういう出会いの数と質を自分自身にも周りにも加速させていきたい。

感謝

運営メンバーのみんな!
ゲストの皆様!
パートナー企業の皆様!
施設の皆様!
参加者の皆さん!

本当にありがとうございました!

今後に向けて

イベントが終わるまではここをめがけてやってきて、ゴールだ!と思っていたけど…
終わってからの広がりや反応をいただくなかで、これを連鎖させなきゃなと強く思うようになった。

火を起こしてやろうと努力をしてきて、実際に火が起きたと思う。
それは火を起こしてきた僕らにとって嬉しいことだけど、客観的に見たら、煙が出てる狼煙みたいなもの。

でも、狼煙としての価値は出せていて、第二回も、高校生向けも、その他の取り組みも広がっていきそう。
この自分の中での革命的イベントは、ここから始まっていくのかもなぁ。