セネガルを旅して学んだあれこれ〜植民地の跡、奴隷貿易、経済成長〜(ダカール、サン=ルイ、ゴレ)

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西アフリカのセネガルに滞在して、現地での学びをブログにまとめました!
セネガルに関して調べている方や、これから行くという方にとって有益にな情報を提供できたら嬉しいです。

セネガルとは

西アフリカにある国で、旧フランスの植民地。
言葉はフランス語のほか、ウォロフ語という現地の民族語が使われている。

人口は1,541万人(2016年,世銀)。
面積は197,161平方キロメートル(日本の約半分)である。外務省データより

興味深いのはセネガルの中に「ガンビア」という国がすっぽり入っていること。
ガンビアは旧イギリスの植民地であり、体制や文化が異なることから別の国になっている。
ちなみにガンビアの公用語は英語であり、この度中に英語が通じずに困っていると幾度となくガンビア人に助けられた。

また、セネガルもイスラム教徒が多く、モスクを様々なところで見かけることができる。
ただ、立派なモスクが他国より少なく、や女性の肌の露出、お酒が手に入りやすいところなど、他の国に比べてかなり寛容である。

植民地時代の影響が色濃く残る・サン=ルイ

サンルイにたくさん停めてある船

大西洋沿岸の北部に位置し、モーリタニアからの玄関口となっているサン=ルイ。
モーリタニアとの国境は旅人の中で悪名が高く、「ロッソ国境」は有名である。

また、国境は川が流れており、船にて国境越えをする。
そこから乗合タクシーで3時間ほど移動すると現れるのが、このサン=ルイである。

観光地化されていて、フランス人を中心に観光客はかなり多い。

フランス領西アフリカ時代の首都

サン=ルイの道。ヨーロッパ風なのがわかる

サン=ルイはフランス植民地時代にフランス領西アフリカの首都であった。
そのため街並みは当時の歴史的な建物が評価され、サン=ルイ島は世界遺産にもなっている。

実際に島内の街並みは碁盤の目のように整備されていて、とても歩きやすい。
こういった街並みなどが、植民地支配の様子を現代に伝える貴重な例証となっているそうだ。

外国人が多いからか物乞いの子が多く、島全体の物価は高い。

星の王子様が書かれた場所?

星の王子様が執筆されたホテル

偶然にも僕が「星の王子様」を持っていたのだが、ここサン=ルイにて著者のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリがこのホテルで執筆したとのこと。
確かに舞台は西サハラであり、僕もその地を旅してきていたので感慨深かった。

調べてみると200以上の国と地域の言葉に翻訳され、世界中で総販売部数1億5千万冊というバカ売れしている本であったことも驚いた。

 

セネガルの首都・ダカール

ダカールの市内・写真はワッカム方面

セネガルの首都・ダカールは、大きな範囲にて発展をしている都市だ。
路線バスもかなり充実しており、乗りこなせば1回40円ほどで市内をどこへでも移動できる。

ただし、新興国あるあるの1つ「交通渋滞」がとてもひどく、悩まされている。
交通量の急激な増加に道路の広さや、交通マナーが追いついていない。

これは途上国の大都市ではよくあることで、僕の経験ではミャンマーのヤンゴンの渋滞がかなりひどかったが、それを上回るレベルであった。

街並みや治安

バスから撮った街。僕の中ではベトナムに見える

発展の足並みが似ているのか、場所によってはベトナムを感じるような、また時にはカンボジアに似た顔を見せるなど店舗の並び方や、生活スタイルは東南アジアに近い気がした。

治安も極めて安全であり、人の多いエリアであれば夜間に外出をしても問題ない。
軽犯罪も少なそうな雰囲気であり、スマホ等を忘れていても街の人が教えてくれる温かさがある。

奴隷貿易で栄えた島・ゴレ島

奴隷がこの地をさっていく「帰らずの扉」

奴隷貿易の拠点として栄えたゴレ島は、世界遺産にも登録されている。
島内には奴隷収容施設があり、上の扉はそこの海に面した壁に作られている。

この扉から奴隷として、カリブ海やアメリカの領土へと売られていったそうだ。
もう二度と戻って来ることがないからと、「帰らずの扉(Door of No Return)」と呼ばれている。

奴隷が収容されていた施設と、そこをツアーで訪れていたフランス人のご一行

収容施設は小さく、通気性の悪いコンクリートの部屋でいくつかに仕切られていた。
男性用、女性用、子供用などで部屋は分けられていたが、トイレなどはなかった。

カンボジアやルワンダの虐殺など負の遺産はいくつか見てきたが、ここはこの場で殺されるのではない。
この先に奴隷として一生使われる人生を送る人々が、この部屋に詰め込まれて生きていたのだ。

西洋のしてきたことは非常に劣悪なことだ。
この施設に奴隷貿易をする側だったフランス人のご一行が来ていたが、現地の人々やフランス人は互いをどう思っているのだろうか。

日本とアメリカの戦争といったような争いではなく、一方的な略奪。
しかも、この場所で笑顔で写真を撮るフランス人たちがいて、僕は大きな違和感を抱いた。

 

セネガルの魅力や面白さ

オーダーメイドで服を仕立ててもらった

セネガルは布屋さんや仕立て屋さんが豊富にあり、自分の好きな布を購入して、好きなように仕立ててもらうことができる。タンザニアやルワンダなど東アフリカでも同様のことは可能であるが、地域によって柄にも違いがあると感じた。

また、外国人が「アフリカっぽい」と感じる布はお土産屋さんなどにあり、現地の方が使う布とは少し違う。

セネガルの代表料理・チェブジェン

また、セネガルの食事は日本人の国に合う。
トマトベースのご飯に野菜や鶏肉が乗った「チェブジェン」が僕のいちばんのお気に入りだ。

他にも旧フランスの植民地ということもあり、サンドイッチも美味しいし、ローカルフードの屋台では名前が分からないけど様々なローカルフードを堪能できる。

日の出の時間が遅いこともあり、食事の時間が全体的に日本より遅い(朝ごはんは10時、昼ごはんは14時、夜ご飯は20時くらい)のも特徴である。また、米はお昼ご飯に食べるもので、夜ご飯はチェブジェンの屋台がなくなるのは面白かった。

経済成長とこれから

仲良くなったけど、謎の絡みをして続けて来た少年たち

僕にとっては親しみ深い東南アジアに近い部分もあり、親近感が湧いた。

社会問題は山積しているが、人々も優しく、言語の問題さえクリアできれば取り組むのは速度が速そう。
東アフリカは中国系の力が強かったが、西アフリカはフランス系が圧倒的に強いのも特徴だ。

登記もしやすく、起業のハードルも高くない。
これから多くの外国人や、外資系企業が流れ込む予感がする。

新空港もでき、鉄道も整備されて来た。
若者の数も多く、勢いがすごい。
これから間違いなく、セネガルは伸びる。

その中で他の新興国が歩んで来た社会問題を、また新たに抱え込んでいくのかもしれない。
経済成長も重要であるが、ゴミや環境問題、地方との教育格差といった部分を今の段階から早期に取り組んでほしいと思う。

そしてその先に、セネガルは一歩先の発展をすることで、西アフリカ周辺国のモーリタニアやギニア、ガンビア、ギニアビサウの発展・成長や各種問題への解決に対してリードする存在になってほしい。