パレスチナってどんなところ?【概要編】〜基礎情報・歴史・分離壁・難民キャンプ・観光などざっくり解説!〜

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パレスチナといえば、イスラエルと対立している治安の良くない地域というイメージがあるだろうか?
行って見ると観光地は魅力溢れるものであり、現地の人々は優しくて過ごしやすかった。

この記事では、「そもそもパレスチナとは?」というところから、抱えている問題、観光地のことまで様々なことをざっくり書きたいと思う。
それぞれ、より詳しく別で記事を書いたので、興味のある分野があれば、その詳しい記事も読んでほしい。

(この記事内で使用している写真は全て、吉野撮影である。別の場所で転載する場合は事前の承諾が必要)

パレスチナってどんなところ?

「パレスチナ」という言葉には2つの意味がある。

まずは地域の名称としての”パレスチナ”。
イスラエル・パレスチナが存在する地域がそもそも「パレスチナ」という名称である。

ただ、現代でパレスチナという場合は「パレスチナ国」を指すことが多い。
パレスチナ国は136の国連加盟国が国家として認証している。(日本は承認していない)

なので、世界的に見れば国の扱いだけど、日本国からしたらパレスチナは国ではない。
その領土は「ガザ地区」と「ヨルダン川西域地区」の2つに分かれている。

よくニュースで取り上げられているイスラエルと武力で対立しているイメージがあるのは「ガザ地区」であり、「ヨルダン川西域地区」は落ち着いており観光客も入れる

人口は約450万人らしい。
首都は東エルサレムだが、実際はイスラエルが不法に占領しているので「ラマッラー」が首都機能を担う。
国土に関しては、複雑なので後述する。

通過は新イスラエルシュケルでイスラエルと共通。
物価はイスラエルよりは安いが、コーラ120円相当で安くはない。

 

パレスチナ問題ってなんだっけ?


難民キャンプに書かれた抗議の落書き

様々なサイトや本で読んだ方が、分かりやすく詳しいことが理解できると思う。
(僕も勉強中の身なので一般的な概要しかお伝えできない)

ただ、ここでも簡単に紹介したい。
元の発端は歴史の授業で登場するイギリスの「三枚舌外交」である。
(フサイン=マクマホン条約、バルフォア宣言、サイクス・ピコ協定)

イギリスはこの地域に住むアラブ人にこの土地の独立を約束して、当時、支配をしていたオスマン帝国への武装蜂起を呼びかける。
一方で、ユダヤ人には資金協力の対価としてこの土地を譲ることを約束し、それとは別で連合国のロシアとフランスにはこの土地の分割を約束した。

その不可能な約束のせいで、今もなお「アラブ人のパレスチナ国」と「ユダヤ人のイスラエル」がこの土地を巡って争っていると捉えるのが分かりやすいかと思う。

 

パレスチナの現状


写真を撮ってくれ〜と近寄ってきた元気な少年たち(ラマッラー)

1947年のパレスチナ分割決議にてユダヤ人の国、アラブ人の国、国連統治領が定められた。
しかし、中東戦争などが行われる中で互いの領土は変化を遂げ、今のものは1993年のオスロ合意のものである。

後述するがイスラエルはこの合意を守っておらず、パレスチナの人々は不満や不安を持っている。

また、「ガザ地区」はハマースという政党が実効支配した時期があり、その際はパレスチナ国内に2つの政府が存在した。その影響は今も続いており、ガザ地区を事実上支配しているハマスは「武装組織」と日本の報道などでは言われる。

ただ、武力行使をしているのはイスラエルの方が多く、客観的に見るとどちらが武装組織なのかは僕には分からない。現地活動家の中では、日本などの報道がイスラエル寄りなのではないかという意見もある。

 

パレスチナの分離壁

「分離壁」と呼ばれる、一般にイスラエルとパレスチナを隔てるように見える壁がある。
しかし、この壁こそがイスラエルの理不尽さの象徴とも言える。

この壁を作ったのはイスラエルなのだが、実はかなりパレスチナの領土内に食い込んで作っている。
この壁から出る際は国境のような検査が必要なため、パレスチナ人は自国の領土であっても自由に出入りできなくなっている。

つまり、合意上の境界線は空論に過ぎず、本当はパレスチナの領土と約束したところもイスラエルが支配をしている。もっといえば”東エルサレム”がパレスチナの首都なのだが、そこすらもをイスラエルが占領している状態なのだ。

(分断壁に行った時のレポートはこちら)
イスラエルとパレスチナを隔てる壁「分離壁」の現実とデモの跡から学んだこと

 

パレスチナ難民キャンプ

パレスチナ国の中に、パレスチナ人の難民キャンプがある。

元々はパレスチナの領土で自治していたが、イスラエルが入植・進行してくることで自分の住む地域を追い出された人々がいる。彼らが難民として、そのキャンプで生活しているのだ。

ただ、正確には国際法上の難民という扱いにはならない。
また、パレスチナ難民はパレスチナ国だけではなく、レバノンやヨルダンなどに逃れていたりもする。

詳しくはこちらから「パレスチナ難民キャンプのリアル〜パレスチナ問題を考える〜」

 

パレスチナの観光地がすごい!


キリストが40日間断食をして修行をしたという「誘惑の山」にある修道院

危険なイメージがあるパレスチナだが、ヨルダン川西域地区は非常に治安が良かった。
また、テレビなどでは見たことがなく、僕は存在を知らなかった素敵な観光地が数多く存在した。

写真とともに簡単に説明をすると…
イエス・キリストが生まれたとされる場所。

1万年もの歴史がある人類最古の街をもつジュリコ。

物語の中に入り込んだような旧市街を持つ「ヘブロン」

また、物価はイスラエルよりも安く、お土産はパレスチナ側で買っても良いかもしれない。
写真は洞窟の中に店舗を作っており、雑貨よりも造りに見入ってしまった。

パレスチナの観光情報はネットでも入手が難しいので、また改めて、旅の情報とともにこのブログにまとめるつもりだ。パレスチナを訪れる旅人に読んでほしい記事を作りたい。

 

もっと知ってほしいパレスチナのこと

パレスチナの旅を終えて、もっとパレスチナのことを知ってほしいと強く思う。
それは、社会問題・国際問題としても、魅力溢れる観光地としても。

僕のブログは関心分野から、少し社会問題にフォーカスしすぎた内容になってしまうが、パレスチナは観光や異文化を感じるという目的でも十分に堪能できる。

何より、パレスチナの人々はとても温かく優しく迎えてくれた。
道を聞いたら目的地まで一緒に歩いてくれたり、困っているとすぐに助けてくれる。

今まで途上国を中心に色々な国を回ってきたが、ここまでホスピタリティの高い国は珍しいと思う。
パレスチナで困ったことを強いていえば、特産物が特になく、お土産を買うときに困ったことくらいだろうか…

イスラエルに来る際は、ぜひ時間を作ってパレスチナの地に足を踏み入れてほしい。